Study > 手話会話記述の枠組

はじめに

手話の記述についてはStokoe法やsIGNDEXHamNoSys,SignWritingなど様々な記述方法が考案されてきていますが,基本的に1人の話し手の表示する単語ないし文を記述することが主眼になっているため,2人以上の参加者がいる会話を記述するには困難が多いという問題があります.

手話会話には限りませんが,双方向的なやりとりを文字化しようとする時に一番難しいのは,その場で行われているやりとりをできる限り過不足なく紙の上に落とさなければならないことにあると思います.どんな語彙・シグナルがどのように表示されたのか,参加者の話した順番はどうだったのか,相手が話している時に聞き手はどんな様子だったのか,会話はどのように始まってどのように終わったのか,同時に話したり沈黙ができたりしたのか,他にもいくらでも記述したいことはでてくるでしょう.ただし,そういった事柄を記述していく方法についてコンセンサスを創るのは大変な作業ですし,必ずしもコンセンサスがなければならないわけでもないと思います.というのも,先に書いたように「いくらでも記述したいことはでてくる」わけですが,仮に全てを記述することができたとしても,「それが分析や考察に役立つか」というと必ずしもそうではないと思うからです.情報が多すぎてポイントがどこにあるのかわかりづらくなってしまう可能性もありますし,広く一般にプレゼンテーションする場合に解読が面倒すぎて誰も読んでくれない可能性も考えておかなければならないと思います.ですから,ある程度ゆるい枠を用意しておいて,後は各人が自分の必要な項目を追加したり,いらない項目を削除したりしていけば,とりあえずはよいだろうと思っています(楽観的すぎるのかもしれませんが).

そんなわけで,その「ある程度ゆるい枠」を考える一助になればという思惑から,このページでは私が手話会話を記述する際に使っている文字化の枠組みを掲載しておきます.記述項目はsIGNDEXの記述ルールを参考にしつつ,煩雑になりすぎないように選定しています.

まとめると,この記述方法には以下のような特徴があります.

  1. 技術的負担の低減 : 略号によるマークアップを中心とした記述なので,技術習得(専用ソフトウェアの操作,記号の読み書きなど)の負担が極めて小さい.
  2. 可読性の向上 : 動作1つ1つを項目としてたてず大きく4つに分類することで,複雑になりがちだった記述を簡略化し,資料の可読性を高めている.
  3. 汎用性の向上 : 記述するための基本フォーマットは市販,あるいはOSSの表計算ソフトウェアを用いて容易に再現,改変,修正が可能である.

この枠組みを元に文字化をした場合,また引用をした場合は出典を明記しておいてください.このページのURIでかまいません.
URI:http:/dormouse.oops.jp/study/papers/tanscript_frame.html

以下に示す枠組みを使った記述例はこちらからダウンロードしてご覧ください.

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基本方針

この枠組みによる記述は,以下の基本方針に従っている.

  1. 記述項目は網羅的であるべきだが,記述自体を網羅的に行うのは困難である.つまり記述全般のためにどのような項目を用意しておくべきなのかという問題と,文字化・分析・考察のためにその中からどれを選択するのかという問題とは分けて考える必要がある.
  2. したがって,この枠組では参加者の動作を大きく語彙・手指シグナル・非手指シグナル・視線の4つに分類し,それ以外の項目は必要な場合のみ補足情報として記述することとする.
  3. 語彙ラベルを貼る以外は,現象を記述するものとする.(e.g. [MS: HM]は”フィラー”ではなく”手を動かす”とする,[NMS: N]は“あいづち”ではなく”うなずき”とする,など)

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記述項目

Word,MS,NMSの3項目は,動きの幅Width(+,-),動きの強さStrength(+,-)を併せて記述する.+-を付す必要がない場合は何も記述しない.これについては明確な基準があるわけではなく,前後との比較,あるいは記述者の直観的判断による.

Word (語彙)
「表示された手話語彙に日本語のラベルを貼る」という形で記述される.
  • 語彙 : 表示された手話語彙を記述する
  • 指文字 : 指文字はローマ字を用いて記述する(e.g. 冬=Fu-Yu)
MS (手指シグナル)
手話語彙ではないが,手指の動きによって表示される手指シグナル Manual Signals の略.
  • PT1 : 自分を指差し
  • PT2 : 相手を指差し
  • PT↑, ↓, ←, →, ・, #, R, L : 上, 下, 左, 右, 前方, 後方, 自分の右手, 自分の左手を指差し.
  • HH : 手形保持
  • HM : 手を動かす
  • HS : 手を振る
NMS (非手指シグナル)
手以外の,主に上半身の動きによって表示される非手指シグナル Non-Manual Signals の略.
  • N : 頷き
  • nn : 細かいきの連続
  • T : 首傾げ
  • S : 首振り
  • L : 笑い
  • CE : 表情を変える
  • PF : 前傾姿勢 前のめり
  • PB : 後傾姿勢 のけぞり
Gaze (視線)
視線がどこに向けられているかを記述する.
  • ↑, ↓, ←, →, ・, # : 上, 下, 左, 右, 相手, 相手ではない前方に視線を向けている
Gap (間)
話し手が交替する際の,物理的に何も表示されていない時間.
  • 長さ : フレーム数,秒,ミリ秒など適当と思われるもので記述すればよい

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このページの内容は,菊地浩平, 2005, 手話言語使用接触場面における話順交替―Gapの調整を中心に―, 修士論文:千葉大学大学院 文学研究科での第2章2節「文字化の枠組み」を加筆・修正したものです.