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2007年12月16日

言語政策学会 月例研究会 @ 早稲田

15日は言語政策学会の月例研究会で早稲田へ.ろう教育史についての講演を聞いてきました.

言語政策学会 関東地区月例研究会
テーマ:戦前のろう教育と手話について
発表者:野呂一 氏
http://homepage2.nifty.com/JALP/sub8.html

明治期に日本手話を中心として行われていた教育(文章指導などの場合に応じた日本語対応手話の併用も)が大正,昭和へと移るにしたがって口話法に取って代わられ,現場から日本手話が排除されていくプロセスを,多くの資料をもとに丁寧に議論していて非常におもしろい発表でした.数少ない残されている資料を見ていくと,当時は手話が充分に教育言語として利用され,またそれに耐えうる高度なレベルに達していると認識されていたことが見て取れますが,日清戦争後に始まった「国語」教育(「」付き注意)によって状況が一変していきます.肉のところははしょりますが,骨のところで野呂氏は次のような認識を示しています(メモから再構成しています):

「国語」の誕生によって日本の教育政策は「話し言葉」にシフトしていくことになりますが,口話法普及のきっかけとして取り上げられてきた昭和8年の鳩山文相の訓示は,むしろそのような教育政策の中でのターニングポイントであると考えています.つまり「統一された日本語による国民国家を形成するための同化政策」という大きな流れに,ろう教育も巻き込まれないではいられなかったということ.

こういった認識を前提として現状を見るに,少なくともろう教育について,日本は大正期以降の国民国家思想の残骸を引きずっています.日本のろう教育の中で,言語としての日本手話という概念がなかった黎明期にこそ手話が認められ,今まったく逆の様相を見せることになってしまっているというのは皮肉な話だと思わざるをえません.そう考えると,過去の実際を顧みること,ろう教育が今よりも活き活きとしていた時代を認めるのを恐れているようにさえ見えます.前にこのブログでも紹介した明青学園で来年度から始められようとしている試みが,ろう教育史における第2のターニングポイントになることを,心から期待しています.

  • 07/12/17 日清戦争とあるべきところが日新戦争となっていたので修正

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2007年12月 8日

第13回 言語管理研究会 @ 新宿

今日は第13回の言語管理研究会で桜美林大学の新宿キャンパスへ.昨日早く寝た甲斐があって寝坊せずにちゃんと参加してこれました.行く途中は同じ研究室のメンバー数人とおしゃべりしながらだったのですが,みんな職業病持ちであることがわかっておもしろかったです:-p

研究会では3人の方から「多言語使用者の言語管理と言語使用」というテーマで話題提供をしてもらった後ディスカッションに入りました.中国朝鮮族の言語意識について話題提供をしてくれた金さんの報告では,第1・第2言語,あるいは母語といった従来の多言語使用を考えるときに使われてきた概念に収まりきらない複雑な意識が見えていましたし,中国と台湾の就学生が教室外でどのような言語使用をしているのかを報告してくれた尹さんの話の中では,ある問題への対応には言語能力それ自体の高低よりも,習得されているコミュニケーションのタイプや社会文化の影響が大きいことが指摘されています.このことは池森さんが報告してくれていたパキスタン人の就労者が日本での生活(言語接触)開始時に,自分の生まれ育ったイスラム文化圏の影響から,女性との会話にとまどいを覚えるという事例にも通じるところがありそうです.

ディスカッションを通じて感じたところを書くと,扱っているテーマも違えば当然調査対象も違っているので当然と言えば当然ですが,一口に多言語使用(あるいは使用者)と言っても非常に豊かなヴァリエーションがあるのだということ.以前の研究会であったフィリピンでの言語使用のように「明確な基底規範のない状態」が規範として機能する社会がありうるし,パキスタンのように多言語社会ではありつつも活動の属しているドメインによって言語の選択と使用に明確な基準が存在する社会もあるし,日本のような単一言語が支配的位置にある社会もあるし,本当にいろいろあって,当然それぞれの社会での多言語使用の様相は変わってくるはずです.今の時点でこういった様々な事例をどう抽象化していけるのかという落としどころを考えるのは早すぎるのだろうと思いますから,いろいろな多言語使用の実態を観察し,蓄積していくことが,しばらくは最優先の課題になりそうです.

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2007年8月 6日

ろう教育の研究会

8月4日は講演会があって新馬場まで.最初,新木場と勘違いして大崎まで行ってしまったのは内緒です.品川駅のばか.品川のせいじゃないけど.

「バイリンガルろう教育とろう児の母語としての手話言語」
2007年8月4日(土) 10:30-13:00
六行会ホール
講師:トーヴェ・スクトナブ=カンガス氏

内容はおもしろかったです.手話言語が置かれている状況を言語政策や言語権との関わりから解説していくことに加え,今後ろう教育に関わる我々が,制度的な問題を政府や自治体へどのように働きかけてクリアしていくかなどの実践的な議論がわかりやすく盛り込まれていたと思います.英語・日本語・日本手話の3言語入り乱れての通訳体制や質疑でのやりとりも非常におもしろく,準備を進めてきた運営の人たちには本当に頭が下がる思いでした.

以下,散発的な感想を.人工内耳の問題については減算的か加算的かということよりも,同化を求めるということ自体をもっと強く問題化していく方が戦略としてはいいのではないかと思いました.完全な同化が認められることは永久にないわけですから(出典を失念してしまいましたが,障害学での同化と排除についての議論が参考になると思います),ろう教育が目指すべきなのはそうではない,つまり同化を必要としない,相手への共感に基づくオルタナティブの実践のはず.

それから「言語権を認めることが,裁判や賠償の問題の面から考えても国家の利益につながる」と思いっきりストレートに言及していたことに,今までにあまり考えたことのなかった観点で,個人的には新鮮な驚きがありました.ろう教育に限らず,戦略的に幅広く言語問題を考える上でも重要になってくることなのかもしれません.

それと一番興味深かったのは,講演の主張として「文化」ということばが一度も出てこなかったこと.多文化共生という言葉には少なからず疑いを持っている私としては,これは良い意味で驚きました.つまり,多様な人々の参加による社会の構築,という意味で共生が叫ばれているのであれば,それはいわゆる文化よりももう少し狭い枠組での(例えばスピーチ・コミュニティ内部での)個別性や多様性によって実現されるべきものなのではないかと思っているということです(誤解を招くと困るので一応断っておきますが,文化の実体を認めないという主張ではありません).

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2007年3月11日

言語管理研究会 第1回年次研究発表会

2007年3月10日(土)は言語管理研究会の第1回年次研究発表会でした.第1部が研究発表3件,第2部がワークショップでプロセス研究の可能性についてのディスカッションという感じ.発表者としてエントリーしていたので,今回は「日本手話話者の調整行動バラエティ」というタイトルで発表してきました.相変わらずのミニマリズムでしたが,落としどころは妥当だったのではないかと自己評価しています.うまくいったかどうかはわかりませんが.

ワークショップのほうは,いろんな方が参加していておもしろい議論ができたように思います.お茶大の博士課程に在籍している楊虹さんから提供していただいたデータを元に(未発表のものでした.ふつうはあり得ないですよね.ありがたいことです),「参加者の意識」,「談話のプロセス」,「場面の構築」という3つの問題提起にそってディスカッションに入りました.

どのグループでも重要だと指摘されていたのは,参加者の認識を捉えることの意義.私は「談話のプロセス」のグループに入ってあーでもないこーでもないと考えていましたが,プロダクトとして出てきている談話(あるいは文字化された資料)には私も含めて何人もの参加者がいたわけです.その参加者たちがどんな目的をもっていて,どこに向かおうとしていたのか,お互いのことをどう認識していてどんな評価をし合っていたのか,それはどう変化した/変化しなかったのか,といったことを積極的に分析に取り入れて当事者に接近していくことがプロセス研究のコアだし重要なのだろうという共通した理解が最後に出てきたのはおもしろかったし,これまでの研究会の活動のひとつの成果だろうと思います.

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2007年3月 6日

全体研究会終わる

今日は所属研究科の全体研究会でした.4回の発表ノルマのうち今回が4回目.ようやく解放されます.解放されるというほど苦痛なわけでもないのですが,なかなかに時間を取られるので忙しいこの時期にはできれば遠慮したいイベントなのでした.

前回は博論構想ということで,目次を考えてそれぞれの章で何を考えるのか,を発表しましたが今回はその中の一部をちょこちょこと変更したり発展させた内容を.

今までは分析した資料から示唆されることとして,日本手話の会話で現れるポーズのほとんどは(言語管理理論でいうところの)逸脱であるという前提で議論を進めてきたのですが,その前提に立つと扱えない事例がでてきます.このことへの反省として今回は,現象として現れたポーズが「話順交替の逸脱として留意されている場合」,「会話中の別の逸脱に対する調整として利用されている場合」の2種類がとりあえずありそうだという内容を話しました.例えば「相互注視状態(お互いに視線を合わせている状態)でのポーズ」が逸脱になっている事例というのはSacks et al(1974)での他者選択のルール違反との関連で説明できるのではないか,あるいは「話題のズレを元に戻そうとしてポーズを意図的に入れる」という事例はやはりSacks et al(ibid)での自己選択ルールとの関連で説明できるのではないか,といったことです(もちろんこの議論はFUIで質的に補足することが欠かせません.会話分析派は認めないでしょうけれど).

今までの日本手話研究では,ポーズやオーバーラップは現象として捉えられることがほとんどでした.例えばAとB,2人の会話を扱うときに重なりはA-A/B-B(スラッシュのところが重なり)という2者間での連続発話産出だったし,ポーズはA-φ-B(ファイのところがポーズ)という2者間での不連続発話産出でした.参加者がなぜそのような発話産出が可能/不可能だったのかという議論は非手指動作NMSとの関連からはされてきたものの,話順交替のルールや参加者の意識といった観点から分析されている研究をしている研究者はほぼ皆無といった状況です.

まだまだパイロット的な議論でしかない段階ですが,分析を深めることで何か見えてきそうな気がしています.先の長い道にはなりそうですけれども(!).

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2006年12月17日

we use language as necessary

昨日(12月16日)は神田外国語大学で言語管理研究会がありました.今回は多言語使用者の言語意識に焦点をあてたワークショップという形での開催.話題を提供してくださった方々の言語的なバックグラウンドや今現在の言語使用について,いろいろな話を聞くことができておもしろかったです(研究会についての詳しいことは言語管理研究会ウェブサイトでご覧ください).

テーマ:
多言語話者の言語管理(その2):日本における多言語使用者と彼らの言語意識
話題提供者:
ラビンダー・マリク(IES全米大学連盟東京留学センター代表、浦安在住外国人会長)
アリス・リー(神田外語大学、元Director of Programs for Trans-Pacific Exchange at Stanford University)
中川康弘(神田外語大学留学生別科)
コメンテーター:
サウクエン・ファン(神田外語大)

話を聞いているなかで一番印象に残ったのはこんな一言.

we use language as necessary

様々な生活場面での様々な目的のために複数の言語を「必要に応じて」「選択的に」使っているというのはまさに言語管理そのものだし,またそれが多言語使用者なのだということが端的に表れている一言だと思います.つまり多言語を駆使するというのは,その人が何語を使えるのかというabilityの問題ではなく,それをどう使うのかというmanagementの問題なのだということなんですね.

私が関心を寄せているろう者についても,今回の研究会で話していたようなことがやはり言えます.今の日本社会の中で彼らがどのような言語使用をしているのか,あるいはせざるをえないのかという問題について言語管理という視点が果たす役割は大きいのではないかと思っています.

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