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実名で何かを書くことの意味 [news]

日経BP:企業経営に生かすBlog道以下の記事について.ちょっと長いです.

  優秀な学生と若手社会人と接して今更ながらに驚いたのは,実名でブログ発信をしたり,先輩諸氏に堂々とメールを出したりできない「ビビリな若者たち」が多かったことです。LabITの会でご一緒したグーグル シニアプロダクトマネージャの及川卓也さんも指摘されていた通り,実名でブログ発信をしなければ検索した時にヒットせず,「存在していないのも同じ」なのです。

(日経BP:企業経営に生かすBlog道「ビビリな若者たちよ!! 実名ブログで自分を「見える化」する勇気を!!」より引用)

リンク先は実名でブログを書くことのメリットあるいは意義について,ビジネス上どんな意味があるのかという観点から書かれた記事ですね.挨拶代わり,自己紹介代わりのブログを作って何かを書く,というのは確かに見知らぬ相手への情報提供手段として有効であるように思えます.自分の考えや問題意識,興味のあることなどを綴ったものを読んでもらって,そこからさらに興味を持ってもらうという方向に進めれば,有意義な出会いがあるかもしれません.

リンク先の記事で書かれているのが「コミュニケーションツールとしてのメールやブログ活用」というテーマに基づいた講演での話であり,そのことに興味のある学生さんたちが参加していたということを踏まえた上で,しかし,いくつか同意できない点もあって,それは「ビビリ」という言葉への違和感ですが,以下ではそれについて書きます.

実名は名誉や責任の根拠たり得ない

筆者は"実名か?ハンドルネームか?"の箇所で「実名で発信することで,自らの名誉を賭けた情報発信が求められますし,責任も伴います。」と書いていますが,これは本当でしょうか.またGoogleの及川氏は米国では顔写真を載せて実名でブログ発信するのが常識であり,ネットで検索した時に名前が見つからないようでは,存在していないに等しいと言っていますが,だからどうしたという気もします.実名で書いていない人が自分の名誉や責任を放棄しているのかといえばそんなことはないし,実名・顔写真付きで書いていても無責任に適当なことを書く人もいます.そもそも書かれているのが実名であり,本人の顔写真だという証拠がどこにも存在しません.ディスプレイに表示されているのは単なる文字列や光点の集合であって,その人の名誉や責任を担保する根拠たり得ないものです.

にも関わらず「実名」を重要視するのは何故か

著者は「一般人がブログを実名で書き始めてすぐに衆人環視の状況に置かれるとは考えられない」と述べています.しかし問題は「衆人環視という状況が実際にあるかどうか」ではなく,フーコーが『監獄の誕生』の中で取り上げている一望監視施設(パノプティコン)に似た状況がウェブにあることだと考えるべきです.つまり,見られているかどうかがわからない状況でどう振る舞うべきかを内面化した従順な身体,これを獲得した学生たちが筆者の目の前にいて,筆者はその身体に向けて「監視塔にいる人は良い人だ」と言っているわけです.監視者にもいろんな人がいて,実は好意を持ってみてくれている人がいるかもしれない.そういう人たちとコミュニケーションをとれないのは損だと.ですが,実は筆者もパノプティコンの拘禁者の一人のはずで,そうすると彼が主張する実名ブログというのは「拘禁者同士でのやりとりをする担保が欲しい」ということに向かっているように見えます.つまり監視者とのやりとりではなく拘禁者同士でのやりとりを志向しつつ,「実名」という担保にならない担保を要求しないと回線をつなげないという意味では同じ「ビビリ」なわけで,程度問題に過ぎません.もちろんこの中には私たちも含まれるはずです.

「実名」じゃなくてもいいはずだ

ということで「みんなビビリなんじゃないか」ということが確認できた(ことにしておく)わけですが,そうするとどんなことが考えられるでしょうか.筆者は相手とのコミュニケーションのためには「実名」という担保が必要だと主張していましたが,私はそうは思いません.もちろん,「「ビビリ」同士でのコミュニケーションには担保が必要だ」と言い続けることもできるはずですが,その担保が「実名ブログ」である必然性はありません.ハーバマス流に言えば,誰が言っているのかなんてことは何の意味も持たないわけで,相手とのコミュニケーションを重視するのであれば何が言われているのかを問題にする必要があります.そして名誉や責任は他者との,そういったやりとりの直中に在るもののはずです.とすれば記事にあったような講演や講座でやるべきなのは,何が言われているのかをよりどころにして相手と対話をつないで行くにはどうしたらいいのかを考えること.そのためのツールに何を選択するのかはブログでもいいしメールでもいいし,実名を使うのか使わないのかも含めて人それぞれに違って良いはずです.「ビビリ」なんて言葉を使って同じやり方に誘導することが目的になるのはあまりおもしろくないと思いませんか.

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