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言語政策学会 月例研究会 @ 早稲田 [workshop]

15日は言語政策学会の月例研究会で早稲田へ.ろう教育史についての講演を聞いてきました.

言語政策学会 関東地区月例研究会
テーマ:戦前のろう教育と手話について
発表者:野呂一 氏
http://homepage2.nifty.com/JALP/sub8.html

明治期に日本手話を中心として行われていた教育(文章指導などの場合に応じた日本語対応手話の併用も)が大正,昭和へと移るにしたがって口話法に取って代わられ,現場から日本手話が排除されていくプロセスを,多くの資料をもとに丁寧に議論していて非常におもしろい発表でした.数少ない残されている資料を見ていくと,当時は手話が充分に教育言語として利用され,またそれに耐えうる高度なレベルに達していると認識されていたことが見て取れますが,日清戦争後に始まった「国語」教育(「」付き注意)によって状況が一変していきます.肉のところははしょりますが,骨のところで野呂氏は次のような認識を示しています(メモから再構成しています):

「国語」の誕生によって日本の教育政策は「話し言葉」にシフトしていくことになりますが,口話法普及のきっかけとして取り上げられてきた昭和8年の鳩山文相の訓示は,むしろそのような教育政策の中でのターニングポイントであると考えています.つまり「統一された日本語による国民国家を形成するための同化政策」という大きな流れに,ろう教育も巻き込まれないではいられなかったということ.

こういった認識を前提として現状を見るに,少なくともろう教育について,日本は大正期以降の国民国家思想の残骸を引きずっています.日本のろう教育の中で,言語としての日本手話という概念がなかった黎明期にこそ手話が認められ,今まったく逆の様相を見せることになってしまっているというのは皮肉な話だと思わざるをえません.そう考えると,過去の実際を顧みること,ろう教育が今よりも活き活きとしていた時代を認めるのを恐れているようにさえ見えます.前にこのブログでも紹介した明青学園で来年度から始められようとしている試みが,ろう教育史における第2のターニングポイントになることを,心から期待しています.

  • 07/12/17 日清戦争とあるべきところが日新戦争となっていたので修正

続きのところはどうでもいい話.

研究会が終わってからは大学同期の忘年会で葛西まで.おおいに呑んで話して笑ってで大変楽しかったのですが,携帯を店に忘れて終電に乗り損なうわ,階段で転んで足首を挫くは,一緒仁いた友達に迷惑をかけるわで,なんだか消えてしまいたい気分です.足痛いし.全治3週間くらいだし.

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