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果して世界は [weblogs]

別に世界情勢を嘆くとかそういう話ではなくて.

amazonでCDを探していたら,100件以上のレビューを書いていて,その全てが評価1,論評は罵詈雑言に尽きるというレビュアーがいました.一方で,ほとんど全てが評価5,論評も最大級の賛辞で埋めつくされているというレビュアーがいました.

そうすると考えるわけです,果して彼らの見ている世界はどんなものなんだろうと.前者にとって世界は,きっとくだらないものなのだろうと想像するわけですが,くだらないものについてただひたすら文句を言いつづけることほど虚しいこともなかろうと思います.一方で後者にとって世界は,きっと素晴らしいものに満ちあふれているのだろうと想像するわけですが,素晴らしいものを素晴らしいとしか言わないのでは深化がないのではないかという気もします.かといって両者が見ているものがまったく違うのか(まぁ,見ている商品は違いますが)というとそうでもない気がします.

ま,ここでいきなり考えても「果して世界は」なんていう問いに答えがでるわけがないので,ちょっと別のことを考えました.一見まったく違うベクトルを向いているように見える両者に,共通した動機を見付けることはそんなに難しくはなくて,ひとつには「情報(あるいは価値観)の共有」があるだろうと思います.この動機はいろんな機能によって実現されているように思われます(e.g. 参考になったかどうかを評価する,またその人数を表示する,レビュアーがランク付けされている).このこのことからわかるのは,結局のところ利用者の動機をうまくサイト運営に取り込んでいるという意味で,amazonはよくできたシステムを構築しているんだなということ.つまり,少なくとも「情報の共有」という利用者の動機は,個々人の解釈の違いを超えて完全に,すっかり,余すところなく,amazonに吸収されているわけです.いやぁ,やるもんですね,amazon.

私にとっては考えてみたい面白いテーマなんですけど,こういう疑問,amazonという「場」には受容する主体がどこにもいない(だいたい買いものをしに来た人達がこんなことを問題にするわけがない)のが実際のところでしょう.ネガティブな評価だろうがポジティブな評価だろうが,第3者にとっては目の前にある1つの商品を買うか買わないかの指標になるくらいの役割しか持っていないでしょうからね.

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