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「千葉大学は…」の続き [weblogs]

コメントをもらって返事を書いたらだいぶ長くなってしまったので,エントリとして挙げることにしました.件のエントリは「千葉大はファシズムを実現できるか」です.論点のあまり明確でない感情的なエントリだなぁと思います.最近多いですね.気をつけよう.

さて.実際のところ,大学内に放置自転車があるのは事実です.これに対して何らかの措置,あるいは規制をしようという議論が出て来ること自体に異議はありません.学内環境に対する一定程度の認識があるということの現れだろうと思いますからむしろ健全だとすら思います.ただ,私が納得できないでいるのは,その措置や規制が,いつどこで誰がどのように決定したのかが見えない+決定に参加できないまま,既成事実化されていくことです.再転車(りてんしゃ)の人たちが進めている放置自転車の修理と利用希望者への貸し出しを「自転車問題」と関連させて検討することもできるし,利用料を徴収することの妥当性についてもう少しマシな理屈を一緒に考える時間を作ることもできるはずなのに.

18日にだされた「底力宣言」というのは簡単に言ってしまえば千葉大ブランドをつくろうということだろうと思いますが,今までの経緯を考えると,いろいろなこと・ものの既成事実化を進めていった先にある全体主義が千葉大ブランドのことなのかなと思うわけです.もちろん学長の言っている意味がわからないわけではありません.何も大学を悪くしようと思ってやっているわけではないでしょう.でも納得できないわけです.世間知らずだという批判も充分ありうると思います(適当な批判ではないとも思います)が,それも承知の上で言いたいことがあって,それはこういうことです.

私は千葉大の学生だけれど,それは私のアイデンティティの一部でしかないのです.別の言い方をすれば,千葉大学という全体の一部であることに文句はないけれど,全体と同一であることを求められる(既成事実化される)のは嫌なんです.少なくとも,私は普段の生活で千葉大生というアイデンティティを以て暮らしているわけではないから.

直接のお返事になっていない気がして申し訳ないのだけど.まぁ,理屈をこねるのも学生の本分,というところでしょうかね.

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